ままに誘われてゆくと、西のかた五、六里のところに果たして密林があって、大勢の僧が水のなかを泳ぎまわっていた。
「これは玄陰池《げんいんち》といい、わが徒はここに水浴して暑気を凌ぐのでござる」
僧はこう説明して、彼を案内した。石はそのあとに付いて池のまわりをめぐっているうちに、ふと気の付いたのは大勢の僧の顔がみな一様で、どの人の眼鼻も少しも異《ことな》っていないことであった。やがて日が暮れかかると、僧はまた言った。
「お聴きなされ、衆僧がこれから梵音《ぼんおん》を唱え始めます」
石は池のほとりに立って耳をかたむけていると、たちまちに水中の僧らが一斉に声をそろえて、なにか判《わか》らない梵音を唱え出した。その声が甚だ騒々しいと思っていると、一人の僧が水中から手を出して彼を引いた。
「あなたも試しにはいって御覧《ごらん》なされ。決して怖いことはござらぬ」
引かるるままに彼は池にはいっていると、その水の冷たいこと氷のごとく、思わずぞっと身ぶるいすると共に、半日の夢は醒めた。彼はやはり元の大樹の下に眠っていたのである。しかしその衣服はびしょ湿《ぬ》れになっていて、からだには悪寒《さむけ》が
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