。今更どうにもならないが、せめてもの心ゆかしに、その魚の死骸を河へ投げ捨てさせて出発した。
その夜の夢に、かの黄衣の婦人が又もや先生の前にあらわれたが、彼女には首がなかった。それがためか、先生は大臣にも大将にもなれず、ついに柳州の刺史《しし》をもって終った。
玄陰池
太原《たいげん》の商人に石憲《せきけん》という者があった。唐の長慶《ちょうけい》二年の夏、北方へあきないに行って、雁門関《がんもんかん》を出た。時は夏の日盛りで、旅行はすこぶる難儀であるので、彼は路ばたの大樹の下に寝ころんでいるうちに、いつかうとうとと眠ってしまった。
たちまちにそこへ一人の僧があらわれた。かれは褐色《かっしょく》の法衣《ころも》を着て、その顔も風体《ふうてい》もなんだか異様にみえたが、石《せき》にむかって親しげに話しかけた。
「われわれは五台山の南に廬《いおり》を構えていた者でござるが、そのあたりは森も深く、水も深く、塵俗《じんぞく》を遠く離れたところでござれば、あなたも一緒にお出でなさらぬか。さもないと、あなたは暑さにあたって死にましょうぞ」
実際暑さに苦しんでいるので、石はその言うが
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