る筈がないではないか」
「いや、それが出来るのだ」
「出来るものか」
「そんなら賭けをするか」と、柳は言った。
「むむ、五千の銭《ぜに》を賭ける」
郭は銭を賭けることになった。主人の冉も賭けた。すると、柳は壁にかけてある画の前に立ったかと思うと、忽ちに身を跳《おど》らせて消えてしまったので、一坐の者はみな驚いて、ここかそこかと探し廻ったが、どこにもその姿はみえなかった。やがて、画の中から柳の声が聞えた。
「おい、郭君。まだおれの言うことを信じないのか」
一坐は又おどろいて眺めていると、柳は再び姿をあらわして、画の上から降りて来た。そうして、七賢人のうちの阮籍《げんせき》を指さした。
「みんなが待ち遠しいだろうと思いましたから、唯あれだけを繕《つくろ》って置きました」
人びとは眼を定めてよく視ると、なるほど阮籍だけは以前の図と違って、その口は仰いでうそぶくがごとくに見えたので、いずれもいよいよ驚嘆した。冉も郭も彼が道士の道に精通していることを初めて覚《さと》った。
こんな噂が世間に拡まっては、身の禍いになると思ったらしい。それから五、六日の後に、柳はそこを立ち去って行くえを晦《く
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