ら》ました。

   北斗七星の秘密

 唐の玄宗《げんそう》皇帝の代に、一行《いちぎょう》という高僧があって、深く皇帝の信任を得ていた。
 一行は幼いとき甚だ貧窮であって、隣家の王《おう》という老婆から常に救われていた。彼は立身の後もその恩を忘れず、なにか王婆に酬《むく》いたいと思っていると、あるとき王婆の息子が人殺しの罪に問われることになったので、母は一行のところへ駈け付けて、泣いて我が子の救いを求めたが、彼は一応ことわった。
「わたしは決して昔の恩を忘れはしない。もし金や帛《きぬ》が欲しいというのならば、どんなことでも肯《き》いてあげる。しかし明君が世を治めている今の時代に、人殺しの罪を赦《ゆる》すなどということは出来るものでない。たとい私から哀訴したところで、上《かみ》でお取りあげにならないに決まっているから、こればかりは私の力にも及ばないと諦めてもらいたい」
 それを聞いて、王婆は手を戟《ほこ》にして罵った。
「なにかの役にも立とうかと思えばこそ、久しくお前の世話をしてやったのだ。まさかの時にそんな挨拶を聞くくらいなら、お前なんぞに用はないのだ」
 彼女は怒って立ち去ろうとす
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