夢をみたのだ」
 叱られて、妻もそのままに眠ったが、やがて又もや同じ夢をみたので、もう我慢が出来なくなった。再び夫をよび起して、無理に息子の寝間へ連れて行って、外から試みに声をかけたが、内にはなんの返事もない。戸を叩いてもやはり黙っているので、王も不安を感じて来て、戸を明けようとすると堅くとざされている。思い切って、戸をこじ明けてはいってみると、部屋のうちには怖ろしい物の影が見えた。
 それはおそらく鬼とか夜叉《やしゃ》とかいうのであろう。からだは藍《あい》のような色をして、その眼は円く晃《ひか》っていた。その歯は鑿《のみ》のように見えた。その異形《いぎょう》の怪物はおどろく夫婦を衝《つ》き退《の》けて、風のように表のかたへ立ち去ってしまったので、かれらはいよいよおびやかされた。して、息子はと見ると、唯わずかに頭の骨と髪の毛とを残しているのみで、その形はなかった。

   画中の人

 これも貞元の末年のことである。開州《かいしゅう》の軍将に冉従長《せんじゅうちょう》という人があって、財を軽《かろ》んじて士を好むというふうがあるので、儒生《じゅせい》や道士のたぐいは多くその門に集まって
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