なるような林を作り、そこに幾棟の茅屋《かやや》を設けて、夏の日に往来する人びとを休ませて水をのませた。役人が通行すれば、別に茶をすすめた。こうしているうちに、ある日ひとりの若い女が来て水を求めた。女は碧《あお》い肌着に白い着物をきていた。
「わたくしはここから十余里の南に住んでいた者ですが、夫に死に別れて子供はなし、これから馬嵬《ばかい》駅にいる親類を頼って行こうと思っているのでございます」と、女は話した。その物言いもはきはきしていて、その挙止《とりなし》も愛らしかった。
王申も気の毒に思って、水を与えるばかりでなく、内へ呼び入れて、飯をも食わせてやって、きょうはもう晩《おそ》いから泊まってゆけと勧めると、女はよろこんで泊めて貰うことになった。その明くる日、ゆうべのお礼に何かの御用を致しましょうというので、王の妻が試しに着物を縫わせると、針の運びの早いのは勿論、その手ぎわが実に人間わざとは思われないほどに精巧を極《きわ》めているので、王申も驚かされた。殊に王の妻は一層その女を愛するようになって、しまいには冗談のようにこんな事を言い出した。
「聞けばお前さんは近しい親類もないということ
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