すがたは門内の大きい槐《えんじゅ》の下に消えた。いよいよ怪しんで、その邸の人びとにも知らせた上で、試みにかの槐の下を五、六尺ほど掘ってみると、その根はもう枯れていて、その下に畳一枚ほどの大きい蝦蟆《がま》がうずくまっているのを発見した。蝦蟆は銅で作られた太い筆筒《ふでづつ》二本をかかえ、その筒のなかには樹の汁がいっぱいに流れ込んでいた。又そのそばには大きい白い菌《きのこ》が泡を噴いていて、菌の笠は落ちているのであった。
 これで奇怪なる油売りの正体は判った。
 菌は人である。蝦蟆は驢馬である。筆筒は油桶である。この油売りはひと月ほども前から城下の里へ売りに来ていたもので、それを買う人びとも品がよくて価《あたい》の廉《やす》いのを内々不思議に思っていたのであるが、さてその正体があらわれると、その油を食用に供《きょう》した者はみな煩《わずら》い付いて、俄かに吐いたり瀉《くだ》したりした。

   九尾狐

 むかしの説に、野狐《のぎつね》の名は紫狐《しこ》といい、夜陰《やいん》に尾を撃《う》つと、火を発する。怪しい事をしようとする前には、かならず髑髏《どくろ》をかしらに戴いて北斗星を拝し、
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