ると、大抵の物はみな食った。あまりに食い過ぎたときには、二の腕の肉が腹のようにふくれた。なんにも食わせない時には、その臂《ひじ》がしびれて働かなかった。
「試みにあらゆる薬や金石草木のたぐいを食わせてみろ」と、ある名医が彼に教えた。
 商人はその教えの通りに、あらゆる物を与えると、唯ひとつ貝母《ばいぼ》という草に出逢ったときに、かの腫物は眉をよせ、口を閉じて、それを食おうとしなかった。
「占めた。これが適薬だ」
 彼は小さい葦《よし》の管《くだ》で、腫物の口をこじ明けて、その管から貝母の搾《しぼ》り汁をそそぎ込むと、数日の後に腫物は痂《か》せて癒った。

   油売

 都の宣平坊《せんぺいぼう》になにがしという官人が住んでいた。彼が夜帰って来て横町へはいると、油を売る者に出逢った。
 その油売りは大きい帽をかぶって、驢馬《ろば》に油桶をのせていたが、官人のゆく先に立ったままで路を避けようともしないので、さき立ちの従者がその頭を一つ引っぱたくと、頭はたちまちころりと落ちた。そうして、路ばたにある大邸宅の門内にはいってしまった。
 官人は不思議に思って、すぐにその跡を付けてゆくと、かれの
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