。更にふたりの侍女が燭《しょく》をとっていた。崔はもちろん歓待されて、かの女と膝をまじえて語ると、女はすこぶる才藻《さいそう》に富んでいて、風雅の談の尽くるを知らずという有様である。こんな所にこんな人が住んでいる筈はない、おそらく唯の人間ではあるまいと、崔は内心疑いながらも、その話がおもしろいのに心を惹《ひ》かされて、さらに漢魏時代の歴史談に移ると、女の言うことは一々史実に符合しているので、崔はいよいよ驚かされた。
「あなたの御主人が劉氏と仰しゃることは先刻うかがいましたが、失礼ながらお名前はなんと申されました」と、崔は訊いた。
「わたくしの夫は、劉|孔才《こうさい》の次男で、名は瑤《よう》、字《あざな》は仲璋《ちゅうしょう》と申しました」と、女は答えた。「さきごろ罪があって遠方へ流されまして、それぎり戻って参りません」
 それから又しばらく話した後に、崔は暇《いとま》を告げて出ると、あるじの女は慇懃《いんぎん》に送って来た。
「これから十年の後にまたお目にかかります」
 崔は形見として、玳瑁《たいまい》のかんざしを女に贈った。女は玉の指輪を男に贈った。門を出て、ふたたび馬にのってゆく
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