の》を着て、杖を持って、悠然とはいり込んで来て、大きい蠅《はえ》の鳴くような声で言った。
「きょう来たばかりで、ここには主人もなく、あなた一人でお寂しいであろうな」
こんな不思議な人間が眼の前にあらわれて来ても、その士は頗る胆力があるので、素知らぬ顔をして書物を読みつづけていると、かの人間は機嫌を損じた。
「お前はなんだ。主人と客の礼儀をわきまえないのか」
士はやはり相手にならないので、かれは机の上に登って来て、士の読んでいる書物を覗いたりして、しきりに何か悪口を言った。それでも士は冷然と構えているので、かれも燥《じ》れてきたとみえて、だんだんに乱暴をはじめて、そこにある硯《すずり》を書物の上に引っくり返した。士もさすがにうるさくなったので、太い筆をとってなぐり付けると、彼は地に墜《お》ちてふた声三声叫んだかと思うと、たちまちにその姿は消えた。
暫くして、さらに四、五人の女があらわれた。老いたのもあれば、若いのもあり、皆そのたけは一寸ぐらいであったが、柄にも似合わない大きい声をふり立てて、士に迫って来た。
「あなたが独りで勉強しているのを見て、殿さまが若殿をよこして、学問の奥義《
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