疑《もうふぎ》という挙人《きょじん》(進士《しんし》の試験に応ずる資格のある者)があった。昭義《しょうぎ》の地方に旅寝して、ある夜ある駅に泊まって、まさに足をすすごうとしているところへ、※[#「さんずい+「緇」のつくり」、第3水準1−86−81]青《しせい》の張《ちょう》という役人が数十人の供を連れて、おなじ旅舎へ乗り込んで来た。相手が高官とみて、孟は挨拶に出たが、張は酒を飲んでいて顧りみないので、孟はその倨傲《きょごう》を憤りながら、自分は西の部屋へ退いた。
張は酔った勢いで、しきりに威張り散らしていた。大きい声で駅の役人を呼び付けて、焼餅《しょうべい》を持って来いと呶鳴った。どうも横暴な奴だと、孟はいよいよ不快を感じながら、ひそかにその様子をうかがっていると、暫くして注文の焼餅を運んで来たので、孟はまた覗いてみると、その焼餅を盛った盤《ばん》にしたがって、一つの黒い物が入り込んで来た。それは猪《しし》のようなものであるらしく、燈火《あかり》の下へ来てその影は消えた。張は勿論、ほかの者もそれに気が注《つ》かなかったらしいが、孟は俄かに恐怖をおぼえた。
「あれは何だろう」
孤駅のゆ
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