んじ》を書いた。それが何のまじないであるかは、誰にもわからなかった。
 あくる朝になると、宮中から急使が来て、一行は皇帝の前に召出された。
「不思議のことがある」と、玄宗は言った。「太史《たいし》(史官)の奏上《そうじょう》によると、昨夜は北斗《ほくと》七星が光りを隠《かく》したということである。それは何の祥《しょう》であろう。師にその禍いを攘《はら》う術があるか」
「北斗が見えぬとは容易ならぬことでござります」と、一行は言った。「御用心なさらねばなりませぬ。匹夫《ひっぷ》匹婦《ひっぷ》もその所を得ざれば、夏に霜を降らすこともあり、大いに旱《ひでり》することもござります。釈門《しゃくもん》の教えとしては、いっさいの善慈心をもって、いっさいの魔を降すのほかはござりませぬ」
 彼は天下に大赦《たいしゃ》の令をくだすことを勧《すす》めて、皇帝もそれにしたがった。その晩に、太史がまた奏上した。
「北斗星が今夜は一つ現われました」
 それから毎晩一つずつの星が殖えて、七日の後には七星が今までの通りに光り輝いた。大赦の令によって王婆の息子が救われたのは言うまでもない。

   駅舎の一夜

 孟不
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