る。万一お元のゆくえがどうしても知れない暁には、この梅次郎を養子にしようかと、七兵衛夫婦も内々相談したことがある。お元が今度発見されると、その相談がいよいよ実現されて、梅次郎をお元の婿に貰おうということになった。勿論それは七兵衛夫婦の内相談だけで、まだ誰にも口外したわけではなかったが、お此のほうにはその下ごころがあるので、きょう尋ねて来た甥を愛想よく迎えた。
 梅次郎は奥へ通されて、庭の若葉を眺めながら言った。
「よく降りますね。叔父さんは……。」
「叔父さんは商売の用で、新宿のお屋敷まで……。」
「お元ッちゃんは……。」
「お国を連れて赤坂まで……。」と、言いかけてお此は声をひくめた。「ねえ、梅ちゃん。すこしお前に訊きたいことがあるのだが……。お前、木曾街道からお元と一緒に帰って来る途中で、なにか変ったことでもなかったかえ。」
「いいえ。」
 それぎりで、話はすこし途切れたが、やがて梅次郎のほうから探るように訊きかえした。
「叔母さん、なにか見ましたか。」
 お此はぎょっとした。それでもかれは素知らぬ顔で答えた。
「いいえ。」
 話はまた途切れた。庭の若葉にそそぐ雨の音もひとしきり止
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