岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)壬戌《じんじゅつ》紀行

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)四月|朔日《ついたち》で

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)からから[#「からから」に傍点]と
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     一

 大田蜀山人の「壬戌《じんじゅつ》紀行」に木曾街道の奈良井の宿のありさまを叙して「奈良井の駅舎を見わたせば梅、桜、彼岸ざくら、李《すもも》の花、枝をまじえて、春のなかばの心地せらる。駅亭に小道具をひさぐもの多し。膳、椀、弁当箱、杯、曲物《まげもの》など皆この辺の細工なり。駅舎もまた賑えり。」云々《うんぬん》とある。この以上にわたしのくだくだしい説明を加えないでも、江戸時代における木曾路のすがたは大抵想像されるであろう。
 蜀山人がここを過ぎたのは、享和二年の四月|朔日《ついたち》であるが、この物語はその翌年の三月二十七日に始まると記憶しておいてもらいたい。この年は信州の雪も例年より早く解けて、旧暦三月末の木曾路はすっかり春めいていた。
 その春風に吹かれながら、江戸へむかう旅人上下三人が今
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