や鳥居峠をくだって、三軒屋の立場《たてば》に休んでいた。かれらは江戸の四谷|忍町《おしまち》の質屋渡世、近江屋七兵衛とその甥の梅次郎、手代の義助であった。
「おまえ様がたはお江戸の衆でござりますな。」と、立場茶屋の婆さんは茶をすすめながら言った。
「はい。江戸でございます。」と、七兵衛は答えた。「若いときから一度はお伊勢さまへお参りをしたいと思っていましたが、その念が叶ってこの春ようようお参りをして来ました。」
「それはよいことをなされました。」と、婆さんはうなずいた。「お参りのついでにどこへかお廻《まわ》りになりましたか。」
「お察しの通り、帰りには奈良から京大阪を見物して来ました。こんな長い旅はめったに出来ないので、東海道、帰りには中仙道を廻ることにして、無事ここまで帰って来ました。」
「それではお宿へのおみやげ話もたくさん出来ましたろう。」
「風邪《かぜ》も引かず、水|中《あた》りもせず、名所も見物し、名物も食べて、こうして帰って来られたのは、まったくお伊勢さまのお蔭でございます。」
年ごろの念願もかない、愉快な旅をつづけて来て、七兵衛はいかにものびやかな顔をして、温かい茶をの
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