えないが、時々にその姿を見ることがある。お元さんが縁側なぞを歩いていると、そのうしろからちょろちょろと付いて行く……。」
「ほんとうか。」と、七兵衛はそれを信じないようにほほえんだ。
「まったく本当だそうで……。お国だって、まさかそんな出たらめを言やあしますまいと思いますが……。」
「それもそうだが……。若い女なぞというものは、飛んでもないことを言い出すからな。そんな鼠が付いているならばお国ばかりでなく、ほかにも誰か見た者がありそうなものだが……。」
自分たち夫婦は別としても、ほかに番頭もいる、手代もいる、小僧もいる、女中もいる。それらが誰も知らない秘密を、お国ひとりが知っているのは不審である。奉公人どもについて、それとなく詮議してみろと、七兵衛は言った。しかし多年他国を流浪して来たのであるから、人はとかくにつまらない噂を立てたがるものである。迂濶なことをして、大事の娘に瑕《きず》を付けてはならない。お前もそのつもりで秘密に詮議しろと、彼は女房に言い含めた。
それから三、四日の後に、甥の梅次郎がたずねて来た。梅次郁は七兵衛の姉の次男で、やはり四谷の坂町に、越前屋という質屋を開いてい
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