んだ。この時、梅次郎は何を見たか、小声に力をこめてお此を呼んだ。
「叔母さん。あ、あれ……。」
彼が指さす縁側には、一匹の灰色の小鼠が迷うように走り廻っていたが、忽ち庭さきに飛びおりて姿を消した。叔母も甥も息をつめて眺めていた。
叔母が言おうとすること、甥が言おうとすること、それが皆この一匹の鼠によって説明されたようにも思われた。しばらくして、二人はほうっと溜息をついた。お此の顔は青ざめていた。
「お前、誰に聞いたの、そんなことを……。」と、かれは摺り寄って訊いた。
「実は、お国さんに……。」と、梅次郎はどもりながら答えた。
堅く口留めをして置いたにも拘らず、お国は鼠の一件を梅次郎にも洩らしたとみえる。お此はそのおしゃべりを憎むよりも、その報告の嘘でないのに驚かされた。考えようによっては、鼠が縁側に上がるぐらいのことは別に珍しくもない。縁の下から出て来て、縁側へ飛びあがって、再び縁の下へ逃げ込む。それは鼠として普通のことであるかも知れない。それをお元に結びつけて考えるのは間違っているかも知れない。しかもこの場合、お此も梅次郎もかの鼠に何かの子細があるらしく思われてならなかった。
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