に生《な》っているではないか。(疑うようにじっと見て。)ほんとうに柿の実をぬすみに来たのですか。
昭全 どうも済まぬことをしました。堪忍して下さい。
(云いすてて、昭全は逃るように下のかたへ立去る。おいよは猶《なお》もじっとその跡を見送る。風の音。向うより田原弥三郎、三十四五歳、以前は武士なれど、今は浪人して猟師となっている姿、大小を横えて火縄銃をかつぎ、小鳥二三羽をさげて出づ。)
おいよ おお、戻られましたか。きょうはどうでござりました。
弥三郎 いや、相変らずの不首尾で、山又山を一日かけ廻っても、狼の足あとさえも見付からない。(持ったる小鳥を指さして苦笑いする。)から手で戻るのも忌々しいので、帰りがけにこんな物を二三羽……。人に見られても恥かしいくらいだ。
おいよ それでも何かの獲物があれば結構でござります。幸いに天気は好うござりましたが、山風はなかなか冷えたでござりましょう。早く炉のそばへおいでなされませ。
(砧の音。おいよは桶を持ちて井戸ばたへ水を汲みに出る。弥三郎は縁に腰をかけて、藁の脛巾《はばき》を解き、草鞋《わらじ》をぬぐ。奥よりお妙出づ。)
お妙 お帰りなされませ。

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