が暮れると、わたしもまったく怖ろしい。いや、夜ばかりではない。昼間でも狼の噂を聞くと、わたしは身の毛が悚立《よだ》つような……。(身をふるわせる。)わたしは狼に取憑《とりつ》かれたのかも知れない。
お妙 (ぎょっとして。)え。
おいよ (気をかえて、無理に笑う。)ほほ、おまえは相変らず気が弱い。こんなことを云っているうちに、あの人ももう戻られるであろう。どれ、今のうちに炉の火を焚きつけて置きましょうか。おまえは夕御飯の仕度をして下さい。
お妙 あい、あい。
(薄く風の音。おいよは炉に粗朶《そだ》をくべる。お妙は仕立物を押入れに片付けて、奥に入る。下のかたより長福寺の小坊主昭全、十四五歳。足音をぬすんで忍び出で、木戸の外より内を窺いいる。おいよはやがて心づきて見かえる。)
おいよ そこにいるのは……。
(昭全は返答に躊躇していると、おいよは立って縁さきに出づ。)
おいよ おまえは長福寺のお小僧さんではないか。何でそこらに立っているのです。
昭全 (急に思案して。)実はこの……。(柿の木を指さす。)柿の実を取りに来ました。どうぞ堪忍してください。
おいよ 柿の実ならば、おまえのお寺にも沢山
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