お妙は先《ま》ず草鞋を片付け、更においよが汲んで来りし桶を受取りて、弥三郎の足を洗わせる。)
弥三郎 稽古の娘たちは帰ったか。
お妙 先刻《さっき》もう帰りました。
弥三郎 あの娘たちも狼の噂に怯えていると見えるな。それも無理のないことだ。
(この話のうちに、弥三郎は足を洗い終りて、炉のまえに坐る。炉の火は次第に燃えあがる。お妙は井戸ばたへ水を捨てに行き、おいよは茶碗に湯をついで弥三郎にすすめる。)
おいよ すぐに御飯をあがりますか。
弥三郎 いや、待ってくれ。おれは又すぐに出なければならないのだ。
おいよ どこへお出でなさる……。
弥三郎 今そこで村の八蔵に出逢ったら、庄屋殿の宅に寄合があるから、直ぐに来てくれというのだ。
おいよ では又、狼狩の相談でござりますか。
弥三郎 (うなずく。)むむ、その相談だ。このあいだから二度までも狼狩を催したが、遂にその姿を見付けることが出来ない。と云って、このままに捨てて置いては、村方一同の難儀になるので、もう一度何とか相談して、今度こそはどうでもその狼めを退治しようと云うのだ。この村に狩人渡世をしている者は、おれのほかに三人あるが、そのなかでもお
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