思議だが、そんな間違いが無いとも云えない。なにしろ夜のことだからな。
弥三郎 たとい夜でも、この通りの月夜だ。
源五郎 月夜でも何でも、昼とは違う。まして不断とは違って今の場合だ。狼を見付けよう見付けようと燥《あせ》っているので、人間の姿もつい狼のように見えてしまったのだ。
弥三郎 そうだろうか。(疑うように考えている。)
源五郎 (畳みかけて。)そうだ、そうだ。屹とそうだ。まあ考えてみるがいい。お前の女房が狼になって堪るものか。
モウロ (進み出づ。)そうです。この人の云う通りです。あなたはどうかして狼を見付け出そうと思って、こころが急いでいる。それがために眼が狂って、人と狼とを見ちがえたのです。そう云うことは珍しくありません。
弥三郎 それはまあそれとしても……。(源五郎に。)おれの女房が今ごろ何でこんなところを駈け廻っていたのか。その理屈が判らないな。
源五郎 むむ。
(源五郎も少しく返事に詰まると、モウロはマリアの像を見せる。)
モウロ あなたの妻はこれを持って来たのです。これをわたくしの所へ返しに来たのです。
弥三郎 (像を受取って眺める。)これは唯の仏像でもなく、異国の物ら
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