惑に鎖《とざ》されて、空しく溜息をついている。下のかたより源五郎を先に、五平と寅蔵出づ。)
源五郎 合図の呼子がきこえたが……。
五平 鉄砲の音も聞えたぞ。
寅蔵 何でもこっちの方角であった。
弥三郎 (内より呼ぶ。)おい、ここだ、ここだ。
(その声を聞きて、三人はどやどやと内に入る。)
源五郎 狼を見つけたのか。
弥三郎 狼は……この通りだ。
(三人は覗いておどろく。)
源五郎 これはお前の女房ではないか。
五平 むむ。おいよさんだ。おいよさんだ。
寅蔵 お前がおいよさんを撃ったのか。
源五郎 一体どうしてこんな間違いをしたのだ。
弥三郎 それがおれにも判らない、たしかに狼のすがたに見えたから撃ったのだが……。駆けつけて見ると、この始末だ。いくら俺が慌てていても、自分の女房を狼と間違えて撃つと云うことがあるものか。なんだか狐にでも化かされているようだ。
(このあいだに、源五郎は何か思い当るように思案している。)
五平 なるほど弥三郎どんの云う通り、人間と狼を間違える筈は無さそうだ。
寅蔵 併しこのおいよさんが狼に見えたというのが不思議だな。
源五郎 (打消すように。)不思議といえば不
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