…。(いよいよおびえて。)おお、おお、だんだんに近くなって来る……。(木戸口へ行きて表を窺う。)おお、来た、来た。又わたしを呼び出しに来たのか。(両手で耳をおさえる。)さあ、今が大事の場合……。今夜こそは伴天連さまの教えにしたがって……。神さまのお力に縋って……。
(おいよは慌てて縁にかけ上り、懐中より彼のマリアの像を取出して、行燈の火に照らして見る。)
おいよ (マリアの像を押頂く。)サンタ、マリア……。サンタ、マリア……。(やがて又、表をみかえる。)ええ、まだ聞える。まだ聞える。(今度は無言にて、像を押頂きながら念ず。)まだ聞える……。やっぱり聞える……。わたしの信心が足らないのか。伴天連の教えが詐《いつわ》りか。ええ、聞えないでくれ、聞えないでくれ。ええ、もうどうしたら好いか。(像を置いて、両手で耳をおさえながら俯伏《うつぶ》す。)ええ、これでも聞える……。
(おいよは再びマリアの像を取りながら、物に引かるるように縁を降りる。)
おいよ ええ、今夜もやっぱり……。いや、行ってはならない。出てはならない。これほどにサンタ、マリアを念じても……。神様は救って下さらないのか。わたしの罪
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