が深いのか。(持ったる像を地に投げ捨て、砧の前へゆきて槌を取る。)ええ、執念ぶかい狼め。鬼め、悪魔め、畜生め。啼くな。啼くな呼んでくれるな。
(おいよは眼にみえぬ物を追い払おうとするように槌をふりまわし、髪もみだれて姿もしどけなく、筵の上に狂い倒れる。奥よりお妙出づ。)
お妙 (みまわして驚く。)あれ、姉さん……。(縁をかけ降りる。)もし、どうしました。もし、姉さん……。
(おいよは答えも無しに倒れている。お妙は不安そうに、あたりを見かえる。)
お妙 さっきから聞いていれば、姉さんは独りで物に狂っているような……。私の耳には何んにも聞えないが、姉さんには何が聞えるのか。もし、姉さん。どうしたのです。
(お妙は気味悪るそうに近寄って、おいよをかかえ起そうとすれば、それを振払うように、おいよは屹と起き直りて、二人の顔と顔とが向き合う。その物すごき形相に、お妙はぎょっとして飛び退く。)
お妙 あれえ。
(お妙は逃げんとすれど、身が竦《すく》みて容易に動き得ず。おいよは両手を地につきて、餌を狙う狼のようにお妙をじっと睨む。)
お妙 (声をふるわせる。)もし、姉さん。わたしです、お妙です……。な
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