ばらく無言。梟の声きこゆ。)
お妙 あれ、梟が……。
おいよ え。(又もや耳をかたむけて。)ほんに梟が鳴く……。さびしい晩です。(気をかえて。)さあ、おやすみなさい。おまえには早く起きて貰わなければなりません。あしたの朝も、兄さんの帰る前に火を焚きつけて、お湯を沸かすようにして置いて下さい。
お妙 はい、はい。では、お先へ臥《ふ》せります。
おいよ おやすみなさい。
(お妙は会釈して、やはり気味悪るそうにおいよを見返りながら奥に入る。時の鐘。おいよは木戸口へゆきて、しっかりと錠をかける。)
おいよ 今夜は思いのほかに早く更けた。
(おいよは何かの声が聞えるかと耳を澄ましながら、引返して筵の上に坐る。梟の声。)
おいよ (おびえたように見返る。)いや、いや、あれはやっぱり梟の声……。ほかには何んにも聞えない。聞えない。
(おいよは砧の盤にむかいて打ち始める。月また薄暗くなる。おいよはやがて屹と耳をかたむけて、表を見かえる。)
おいよ あ、聞える……。(再び耳を傾けて。)きこえる、聞える……。(槌を置いて立ちかかる。)おお、今夜も聞える……。あれは梟ではない、確にいつもの……狼……狼の声…
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