正吉 道は判っておいででも、途中で又どんなことがあるかも知れないから、家《うち》の近所まで送りとどけてあげろと伴天連《バテレン》様のお指図でござります。
おいよ ほんに有難い伴天連様……。ああいうお方のおそばに付いていられるのは、お前のお仕合せでござりますな。
正吉 まったく仕合せでござります。それもみな神様のお救いであると、有難く思って居ります。
おいよ わたくしもそのお救いを受けることが出来ればよいが……。
正吉 疑うことはありません。神さまは屹とあなたをお救い下さります。明日《あした》はお出でになりますか。
おいよ 明日ばかりでなく、これからは毎日でも暇をみまして、有難い教えをうけたまわりに参りますから、何分よろしく願います。
正吉 是非おいで下さい。お待ち申して居ります。(行きかけて空をみる。)おお、月がまた薄暗くなりました。
おいよ (空をみる。)このごろの癖で、夜はときどきに曇ります。
正吉 今夜はまだ狼の声はきこえませんか。
おいよ (耳を傾けて。)いえ、聞えません。まだ宵でござりますから……。
(薄く風の音。月はいよいよ暗くなる。下のかたより芒をかきわけて田原弥三郎は
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