いよ[#「いよ」に傍点]と申します。
(モウロはうなずきながら、おいよを抱き起して元の床几にかけさせ、自分も元の席に戻る。)
モウロ わかりました。あなたの名はおいよさん。そのあなたと、あなたの夫と、その妹と……。三人の家族ですな。
おいよ はい。夫は浪人の身となりましたので、その後は夫婦|兄妹《きょうだい》三人がここに引籠りまして、夫は狩人、わたくしは近所の娘子供に手習や針仕事などを教えまして、何事もなく月日を送って居りますうちに……。まあ、なんという因果でござりましょう。わたくしに不図おそろしい魔がさしまして……。(云いかけて、又泣き入る。)
モウロ まあ、お待ちなさい。正吉さん。水を洩って来てください。
(正吉は棚より金属製のコップを取り、それに桶の水を汲み入れて持ち来れば、モウロはポケットより紙につつみたる粉薬をとり出す。)
モウロ あなた、弱ってはいけません。ここによい薬があります。さあ、これを飲んで、すこし休息して、それからゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]お話しなさい。
(モウロはおいよを勦りて、薬を飲ませる。)
おいよ ありがとうござります。いえ、もう弱りは致しません、泣
前へ
次へ
全50ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング