おいよ (いよいよ声を顫わせる。)はい。人を殺しました。人の生血を啜《すす》りました……。人の肉を喰いました……。わたくしは人間ではござりません。獣でござります。狼でござります。(泣く。)
モウロ あなたは人を殺して……。狼のように、その血を啜りましたか。その肉を喰いましたか。
おいよ はい。一人《ひとり》ならず、七人までも喰い殺しました。わたくしには獣のたましいが乗憑《のりうつ》っているのでござります。こうして女の姿はして居りますが、わたくしの心は怖ろしい狼になって仕舞ったのでござります。(堪えざるように泣き頽《くず》れる。)
(モウロは進み寄って、おいよを抱き起す。正吉も立寄れば、モウロは近寄るなと眼で知らせる。)
モウロ これは大事の懺悔です。こころを落付けてよくお話しなさい。あなたはどうして狼のような心になりましたか。
おいよ それには先ずわたくしの身の上からお話し申さなければなりません。わたくしの夫は田原弥三郎と申しまして、以前は秋月家に仕えた侍でござりましたが、八年以前に仔細あって浪人いたしまして、お妙という妹と妻のわたくしと……。まだ申上げませんでしたが、わたくしの名は
前へ 次へ
全50ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング