に古びたる板戸の出入口あり。左右の壁は頽《くずお》れ、下のかたの竹窓もくずれて、窓には紅葉しかかりたる蔦がからみて垂れたり。土間には炉を切りて、上のかたには破れ障子を閉めたる一間あり。正面の壁には聖母マリアの額をかけ、その前の小さき棚には金属製のマリアの立像を祭りてあり。よき所に手作りとおぼしき粗木《あらぎ》の床几のごとき腰かけ二脚と、おなじく方形のテーブル様の物あり。下のかたの壁には小さき棚、それに多少の食器のたぐいを列べ、棚の下に水を入れたる手桶、束ねたる枯枝などあり。家の外には立木ありて、あき草高くおい茂り、うしろには山々みゆ。薄月の夜。
(正吉、十五六歳の少年、テーブルの上に蝋燭をとぼし、聖書を読んでいる。外には虫の声きこゆ。下のかたより秋草をかきわけて、宣教師モウロはおいよの手をひいて出づ。)
モウロ (おいよに。)わたくしの家です。お這入《はい》りなさい。
(モウロは入口の戸を叩く。正吉はすぐに床几を立って戸をあければ、モウロは進み入る。おいよもおずおずと付いて入る。)
モウロ (正吉に。)お客あります。火をお焚きなさい。
正吉 はい。
(正吉は無言でおいよに会釈し、枯枝を
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