こうなったらもう一刻も猶予は出来ない。
(おいよはそこらの小石を拾いて袂に入れる。そのあいだに、下のかたよりホルトガルの宣教師モウロ、四十余歳、旧教の僧服をつけ、頚に十字架かけて出で来り、柳の木かげに身をよせて窺いいると、おいよはやがて合掌して川へ飛び込もうとする。モウロは駆け寄って抱きとめる。)
モウロ お待ちなさい。あなた、どうしますか。
おいよ (身を藻掻《もが》く。)放して下さい、放してください。
モウロ あなたは身を投げますか。いけません、いけません。
おいよ いいえ、放して……。殺して……。
(おいよは振放して飛び込もうとするを、モウロは又ひき戻せば、力余っておいよは地に倒れる。)
モウロ 殺すことはなりません。神さまのお指図です。
(モウロは両手を拡げて、おいよを遮る。おいよは相手が異国人なることを覚って、倒れながらにその顔をみあげる。薄月の影。水の音。)
[#地から1字上げ]――幕――
[#改ページ]

第二幕


          一

 第一幕とおなじ宵。
 村はずれの一つ家。久しく空家となりいたれば、家内はすべて荒廃したりと知るべく、家内の大部分は土間にて、正面
前へ 次へ
全50ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング