えた。
源五郎 芦の葉のがさ[#「がさ」に傍点]付くのは珍らしくない。大かた風の音だろう。はは、臆病な奴だ。なにしろ、いつまでもここにいても仕様がない。さあ、お妙さんはおれが途中まで送って遣ろう。
昭全 わたしを置去りにして、お妙さんだけを送って遣るのか。おまえも随分親切だな。
源五郎 ええ、やかましい。お前なぞは勝手に帰れ、帰れ。
昭全 おれが手柄をさせて遣ろうというのに、仇《かたき》にすることがあるものか。貴様こそ狼に喰われてしまえ。
源五郎 なんだ。
昭全 いや、これはおまえの口真似だ。
(昭全は笑いながら、下のかたへ足早に立去る。)
お妙 まったくあんな小僧が色々なことを云い触らすので、わたし達のことも大抵世間へ知れてしまったような。
源五郎 狼の一件が片付いたら、いっそ兄さんに打明けて、表向きの夫婦にして貰おうではないか。
お妙 そうなれば嬉しいけれど……。
源五郎 いつまでも世間に気兼ねをしているのは詰まらないことだ。
(二人は睦まじく語らいながら、向うへ去る。水の音。下のかたの芦をかきわけて、おいよ忍び出で、二人のあとを見送る。)
おいよ まあ、見付けられないで好かった。
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