います。時に旦那どのは、まだ山から戻られませんかな。
おいよ いつもの通り、朝から出て行きましたが、此頃はちっとも猟がないので、それからそれへと獲物をあさって、あまり深入りをせねばよいがと案じています。
善助 その獲物がないというのも、例の狼めがここらを荒らすせいではないかな。
おあさ ほんに此頃はここらへ悪い狼が出るので、日が暮れると滅多に外へは出られません。
おつぎ あしかけ三月のあいだに、この村中で七人も咬まれたとはまったく怖ろしいことですな。
お妙 兄さんも早くその狼を退治したいと云っていますが、なかなか姿をみせないのでどうすることも出来ないそうです。
善助 今までここらにそんな怖ろしい狼が出るという話は、ついぞ聞いたこともなかったが、山伝いに何処からか悪い狼が入り込んで来たと見える。初めは新仏《しんぼとけ》の墓をあらして、死骸をほり出して喰っていたが、それがだんだんに増長して、此頃は往来の人間にまで飛びかかるようになって来たので、村中は大騒ぎで、このあいだから二度も狼狩りを遣ってみたが、どうしても見付からない。もう立去ったのかと思って安心していると、また出て来る。現に一昨日《
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