低き丸太の柱を立て、型ばかりの木戸あり。木戸の外には石の井戸ありて、やや赤らみたる柿の大樹あり。うしろは田畑を隔てて高き山々、恰もこの村を圧するが如くに近くみゆ。
(弥三郎の妹お妙、十七八歳。村の娘おあさ、おつぎと共に針仕事の稽古をしている。百姓善助、五十余歳、鍬を持ちて縁に腰をかけている。砧《きぬた》の音きこゆ。)
善助 みんな好く精が出るな。なんと云っても、女は針仕事が大事だ。こう遣って精を出していれば、どこへでも立派にお嫁さんに行かれるぞ。はははははは。
(弥三郎の女房おいよ、二十七八歳、色白くして品よき女、奥の障子をあけて出づ。)
おいよ 善助さん。あさ夕はめっきり冷えて来ましたな。
善助 いくら九州はあたたかいと云っても、九月の声を聞くと秋風が身にしみて来る。どこかで砧を打つ声が聞えたり、この娘たちが冬物を縫っているのを見たりすると、冬がもう眼の前へ押寄せて来たように思われますよ。
おいよ まったく冬はもう眼の前……。(娘等をみかえる。)それでも皆んなが精を出すので、親御さん達は仕合せです。
善助 それもお前が気をつけて、よく仕込んで呉れるからのことで、近所でも皆んな喜んで
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