五郎 (俄《にわか》に上のかたを見る。)や、あっちから来たのはお前さんの兄さんらしいぞ。
お妙 ほんに兄さん……。
源五郎 おれ達はまあ隠れるとしよう。(昭全に。)おまえも早く来い、来い。
(源五郎は昭全を促して、下のかたの芦のなかに隠れる。水の音。薄月の影。上のかたより弥三郎出づ。お妙はどうしようかと躊躇しているうちに、弥三郎は妹をみつける。)
弥三郎 おお、お妙か。今頃どこへ行く。おれを迎いに来たのか。
お妙 いえ、あの……。村はずれまで買い物に行くのです。
弥三郎 まだ日暮れだから狼も出まいが、気をつけて行けよ。
お妙 はい。(行きかけて立戻る。)あの、兄さん……。
弥三郎 なんだ。
お妙 あの……。(云いかけて躊躇する。)
弥三郎 なにか用か。
お妙 (云い出しかねて。)あの……。おまえも気をつけてお出でなさい。
弥三郎 はは、おれは大丈夫だ。(刀の柄を叩く。)何が出て来ても、これで真二つ……。おれはその狼の出るのを待っているのだ。村ではいよいよ切支丹の伴天連をたのんで、有難い祈りをして貰うことに決まったが、さっきも云う通り、祈祷は祈祷、おれは俺だ。おれは鉄砲かこの刀で、見ごと
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