、狼が人間に化けて人の女房になり済ましているとは珍しいことだ。兄さんに聞いてみたら、又何か思い当ることがないとも云えないから、是非おまえから話して貰いたい。それがいよいよ狼と決まったら、いくら自分の女房でも兄さんも打っちゃっては置くまい。おれも加勢して……。(鉄砲をみせる。)これで一撃ちにして仕舞わなければならないのだ。
お妙 (身をふるわせる。)ああ、怖ろしい。なんと云うことだろう。わたしは夢のように思われてならない。
源五郎 まったく夢のようだが、今のおまえの話を聞くと、だんだんに疑念が募るばかりだ。
昭全 お前がいつまでもぐずぐず[#「ぐずぐず」に傍点]していると、大事のお妙さんまでも狼に喰われてしまうぞ。
お妙 (源五郎と顔を見合せる。)あれ、あんなことを……。
源五郎 この小僧め。余計なおしゃべりをすると、承知しないぞ。(鉄砲をふりあげる。)
お妙 (遮る。)まあ、子供を相手にしないで……。
源五郎 こんな奴が方々へ行って触れ散らすので、おれが皆んなに戯《からか》われるのだ。貴様こそ狼に喰われてしまえ。
昭全 (頭をおさえて。)やれ、怖ろしい。南無あみ陀仏、なむ阿弥陀仏。

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