お妙はやはり不思議そうに考えている。)
源五郎 (おなじく惑うように。)そうは云っても、自分の眼で確な証拠を見届けないうちは、おれも迂闊《うかつ》に手を出すことは出来ない。万一それが間違いであったら、取返しの付かないことになる。なにしろ弥三郎どのと相談の上でなければならないが、亭主にむかってお前の女房が狼らしいとは、なんぼ何でも云い出しにくい。お前からそっと兄さんに話してみては呉れまいかな。
昭全 まだ疑がっているのか。わたしはこの二つの眼で見たというのに……。
源五郎 お前ひとりが見たというのでは、まだ本当の証拠にはならないのだ。(お妙に。)おまえにも何か思い当るようなことは無いかな。
お妙 さあ。(又かんがえる。)そう云えば、このあいだの朝、姉さんが表の井戸端で……。血の付いたような着物の袖を……。
源五郎 血の付いたような着物の袖を……。井戸ばたで洗っていたのか。
昭全 それ、それが証拠だ。おまえの姉さんは夜なかに家《うち》を抜け出して、往来の人を喰い殺しに行くのだ。それ見ろ。狼だ、狼だ。
源五郎 まあ、まあ、静《しずか》にしろ。狐や狸が人間に化けるとは、昔からもよく云うことだが
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