《いろざと》の人となって今が勤め盛りのお園の眼には、初心《うぶ》で素直で年下の六三郎が可愛く見えた。親方夫婦のほかには懐かしい人はないように思い込んでいた六三郎も、この夜からさらに懐かしい人を新たに発見した。正直な男も恋には大胆になって、その後も親方や兄弟子たちの眼を忍んで新屋敷へ折りおりに姿を見せた。
二人がどっちも若い同士であったら、すぐに無我夢中にのぼり詰めて我れから破滅を急ぐのであろうが、幸いに女は男よりも年上であった。色里の面白いことも苦しいことも知りつくしていた。まだ丁稚あがりの男の身分から考えても、五度逢うところは三度逢い、二度を一度にするのが二人の為であるということも知っていた。彼女《かれ》は小春治兵衛《こはるじへえ》や梅川忠兵衛《うめがわちゅうべえ》の悲しい末路をも知っていた。
「お前とわたしの名を浄瑠璃に唄われとうはない。わたしが二十五の年明《ねんあ》けまでは、おたがいに辛抱が大事でござんすぞ」
お園はいつも弟のような六三郎に意見していた。二人の間にもう行く末の約束が固く取り結ばれていたのであった。しかし艶《はで》な浮名を好まない質《たち》であるのと、もうひとつ
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