きどころのない孤児が、こうしたいい親方を取り当てたのは、彼に取ってこの上もない仕合せであったことはいうまでもない。六三郎もありがたいことに思って親方大事に奉公していた。
六三郎はどの点に於いても父の血を引いていなかった。彼は母によく似た優しい眉や眼をもって生まれた。母によく似たすなおな弱々しい心をもって生まれた。気のあらい大工の渡世《とせい》には少しおとなし過ぎるとも思われたが、その弱々しいのがいよいよ親方夫婦の不憫を増して、兄弟子《あにでし》にも朋輩《ほうばい》にも憎まれずに、肩揚げの取れるまで無事に勤めていた。腕はにぶくもなかった。普通の丁稚とは違うものの、十年の年季をとどこおりなく済ましたら、裏家住みにしろ世帯を持たしてやると親方も親切にいってくれた。六三郎は小作りの子供らしい男なので、十八の春に初めて前髪を剃った。
いくらおとなしい男でももう十八である。前髪を落したからは大人の仲間入りをしろと、兄弟子や友達にすすめられて、六三郎はその年の夏に初めて新屋敷の福島屋へ足を踏み込んだ。相方《あいかた》の遊女はお園《その》といって、六三郎よりも三つの年かさであった。十六の歳から色里
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