もこれもお園の胸を陰らせる種であった。男の末のためを思えばこそ、涙を呑み込んで無理に出してやろうとはするものの、自分とても別れたくないのは山々である。口でこそ二年三年というものの、その間には自分の身にもどんなことが起らないとも限らない。今夜が顔の見納めで、もう二度と逢われないようになるかも知れない。そんなことを考えると、お園も男に釣り込まれたように心が少し弱って来た。
 そうかといって今更どうなるものではない。こうなったら、どうしても男を励まして、無理にも江戸へやるより他《ほか》はない。弱いながらも男はもうその覚悟をしている。ここで自分がもろい涙を見せて、男の覚悟をにぶらせるような事があってはならない。所詮《しょせん》こういう苦しい破目《はめ》に落ちたのが男も自分も不運である。この不運を切り抜けるには強い覚悟がなければならない。やれるところまで存分にやって見て、それで切《せつ》ない思いが透らなければ、よくよく二人に縁がないものと諦めるよりほかはないと、世間の苦労をよけい積んでいるお園は、懐《ふとこ》ろ子《ご》のような六三郎よりもさすがに強い覚悟をもって、無理に笑い顔をつくっていた。そう
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