話をしている間も、何に付けても涙ぐまれた。
「このあいだも言った通り、お前も男、必ず弱々しい気をもって下さるな。女でも生まれ故郷を離れて、遠い長崎や奥州の果てへ行く者も沢山《たくさん》ある。この廓《くるわ》にいる人でも大坂生まれは数えるほどで、近くても京《きょう》丹波《たんば》、遠くは四国西国から売られて来て、知らぬ他国で辛い勤め奉公しているのもある。それを思えば男の身で、多寡《たか》が二年か三年の辛抱がならぬということがあるものか」
お園は同じことを繰り返して力を付けた。
「それはわしも知っている。親方にもいわれ、兄弟子たちにもいわれ、お前にも意見され、どうでも江戸へ行くことに覚悟は決めている。どんな辛い辛抱もして、立派な職人になって戻って来るほどに、どうぞそれまで待っていてくれ」
口だけは男らしく言っても、それを裏切る涙は六三郎の眼に浮いていた。
歯がゆいように弱々しい男がお園にはやっぱり可愛かった。可愛いというよりも、いじらしく憐れでならなかった。うるさい世間の口を避けるために、江戸へ修業に行くのも確かにいい。そうして、他人の中で揉《も》まれて来れば、人間も少しは強くなるに
前へ
次へ
全28ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング