ったが、それでも[#「それでも」は底本では「それても」]寺僧の情けで新しい卒塔婆《そとば》が一本立っていた。
十年振りでめぐり合った父が直ぐにここの土になろうとは、まるで一※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《いっとき》の夢としか思われなかった。しかもその夢はおそろしい夢であった。卵塔場《らんとうば》には春の草が青かった。細かい雨が音もなしに卒塔婆をぬらしていた。父に逢った夕暮れにもこんな雨にぬれたことを思い出して、顔のしずくを払う六三郎の指先には涙のしずくも流れた。
死んだ父母に暇乞いは済んだ。今度は生きた人に暇乞いをしなければならない。日が暮れて六三郎はさらに新屋敷へ行った。
「よう来て下さんした」
お園は六三郎を揚屋《あげや》へ連れて行った。今夜は当分の別れである。格子の立ち話では済まされなかった。二人が薄暗い燭台の前に坐った時に、雨の音はまだやまなかった。お園はどう工面《くめん》したか二両の金を餞別にくれた。それから自分が縫ったといって肌着をくれた。
もう決心はしたものの、六三郎はやっぱりお園に別れるのが辛かった。呪われた土地がやっぱり懐かしかった。お園と行く末の
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