ふくめるように言って聞かせた。六三郎はすなおに、ただあいあい[#「あいあい」に傍点]と聴いていた。
 二人はそれなりで別れた、呼び上げたいのは山々であったが、お園は家の首尾を気づかって、当分はおとなしく辛抱している方がいいと、くれぐれも言い含めて帰した。
 それからまた半月も経った。親方の家の桜は春を忘れずに白く咲き出した。六三郎もこのごろは空地の仕事場へ出て、この桜の下で板割れなどを削っていた。親方も当分は六三郎を外の仕事へは出すまいと思っていた。しかし日が経つにしたがって、悪い噂はかえって拡がるらしく、直接に自分の耳にはいることや、ほかの弟子たちが世間から聞いて来るいろいろの噂や、どれもこれもみんな六三郎には不利益なことばかりであった。ある出入り場では今後六三郎を仕事によこしてくれるなと言った。ある職人は六三郎とは一緒に仕事をしないと言った。海賊の子に対する世間の憎悪と迫害とが案外に力強いのに親方も驚かされた。
「可哀そうに、六三郎に罪はない」
 親方がいかに六三郎を庇《かば》っても、彼の手ひとつで世間という大きい敵を支えることはできなかった。親方もしまいには考えた。こんなことでは
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