の高い旗竿ばかりが吹雪の間に見えつ隠れつしている。寒い北風が鋭く吹き込んで来るので、私はあわてて窓の雨戸をしめ切って、再び机のまえに戻った。K氏は信州の人である。それから聯想して、信州あたりの雪は中々こんなことではあるまいと思っているうちに、更に信州のT氏のことを思い出した。
T氏は信州の日本アルプスに近い某村の小学校教員を勤めていて、土地の同好者をあつめて俳句会を組織しているので、私の所へもときどきに俳句の選をたのみに来る。去年の夏休みに上京したときに、この二階へもたずねて来て、二時間あまりも話して帰った。T氏は文学趣味のある人で、新刊の小説戯曲類も相当に読んでいるらしかったが、その話の末にこんなことをいった。
「御承知の通り、わたくし共の地方は冬が寒く、雪が多いので、冬から春へかけて四ヵ月ぐらいは冬籠りで、殆《ほとん》どなんにも出来ません。俳句でも唸っているのが一つの楽《たのし》みです。それですから辺鄙《へんぴ》の土地の割合には読書が流行《はや》ります。勿論、むずかしい書物をよむ者もありますが、娯楽的の書物や雑誌もなかなか多く読まれています。あなたなぞもなるべく戯曲をお書きになら
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