のであるが、何分にも雪が烈《はげ》しいのと、少しく感冐の気味でもあるのとで、今朝は出るのを見あわせて、熱い紅茶を一杯|啜《すす》り終ると、再び二階へあがって書斎に閉じ籠ってしまった。東向きの肱《ひじ》かけ窓は硝子戸《ガラスど》になっているので、居ながらにして往来の電車路の一部が見える。窓にむかって読書、ときどきに往来の雪げしきを眺める。これで向う側に小学校の高い建物がなければ、堀端の眺望は一層好かろうなどと贅沢なことも考える。表に往来の絶え間はないようであるが、やはりこの雪を恐れたとみえて、きょうは朝から来客がない。弱虫は私ばかりでもないらしい。
午頃に雪もようよう小降りになって、空の色も薄明るくなったかと思うと、午後一時頃からまた強く降り出して来た。まったく彼岸中にこれほどの雪を見るのは近年めずらしいことで、天は暗く、地は白く、風も少し吹き加《くわわ》って、大綿小綿が一面にみだれて渦巻いている。こうなると、春の雪などという淡い気分ではなくなって来た。寒暖計をみると四十五度、正に寒中の温度である。北の窓をあけると、往来を隔てたK氏の邸は、建物も立木も白く沈んで、そのうしろの英国大使館
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