ないで、小説風の読み物類をお書きくださいませんか。戯曲も結構ですが、なんといっても戯曲を読むものは少数で、大部分は小説を喜びますから、それらの人々を慰めてやるというお考えで、努めて多数をよろこばせるような物をお書きください。」
 私はきょうの雪に対して、T氏のこの話を思い出したのである。信州にかぎらず、冬の寒い、雪の深い、交通不便の地方に住む人々に取って、かれらが炉辺の友となるものは、戯曲にあらずして文芸作品か大衆小説のたぐいであろう。なんといっても、戯曲には舞台が伴うものであるから、完全なる劇場をも持たない地方の人々の多数が、戯曲をよろこばないのは当然のことで、単に読むだけに止まるならば、戯曲よりも小説を読むであろう。大きい劇場が絶えず興行しているのは、東京以外、京阪その他幾ヵ所の大都会にかぎられている。したがって、観客の数も限られ、またその興行の時間も限られている。それらの事情から考えても、場所をかぎられ、時間を限られ、観客をかぎられている戯曲は、どうしても普遍的の物にはなり得ない。
 それに反して、普遍的の読み物のたぐいは、場所をかぎらず、時を限らず、人を限らず、全国到るところで
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