し頂いて披《ひら》いて見ると、どうしたわけか自分の貰った扇だけは白扇で、なにも書いてない。裏にも表にもない。これには甚だ失望したが、この場合、上役の人に対して、それを言うのも礼を失うと思ったので、張訓はなにげなくお礼を申して、ほかの人たちと一緒に退出した。しかし何だか面白くないので、家へ帰るとすぐにその妻に話した。
「将軍も一度にたくさんの扇をかいたので、きっと書き落したに相違ない。それがあいにくにおれに当ったのだ。とんだ貧乏くじをひいたものだ。」
詰まらなそうに溜息をついていると、妻も一旦は顔の色を陰らせた。妻はことし十九で三年前から張と夫婦になったもので、小作りで色の白い、右の眉のはずれに大きいほくろ[#「ほくろ」に傍点]のある、まことに可愛らしい女であったが、夫の話をきいて少し考えているうちに、まただんだんにいつもの晴れやかな可愛らしい顔に戻って、かれは夫を慰めるように言った。
「それはあなたのおっしゃる通り、将軍は別に悪意があってなされた事ではなく、たくさんのなかですから、きっとお書き落しになったに相違ありません。あとで気がつけば取換えて下さるでしょう。いいえ、きっと取換えて
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