くださいます。」
「しかし気がつくかしら。」
「なにかの機《はずみ》に思い出すことがないとも限りません。それについて、もし将軍から何かお尋ねでもありましたら、そのときには遠慮なく、正直にお答えをなさる方がようございます。」
「むむ。」
夫は気のない返事をして、その晩はまずそのままで寝てしまった。それから二日ほど経つと、張訓は将軍の前によび出された。
「おい、このあいだの晩、おまえにやった扇には何が書いてあったな。」
こう訊かれて、張訓は正直に答えた。
「実は頂戴の扇面には何も書いてございませんでした。」
「なにも書いてない。」と、将軍はしばらく考えていたが、やがて、しずかにうなずいた。「なるほど、そうだったかも知れない。それは気の毒なことをした。では、その代りにこれを上げよう。」
前に貰ったのよりも遥かに上等な扇子に、将軍が手ずから七言絶句《しちごんぜっく》を書いたのをくれたので、張訓はよろこんで頂戴して帰って、自慢らしく妻にみせると、妻もおなじように喜んだ。
「それだから、わたくしが言ったのです。将軍はなかなか物覚えのいいかたですから。」
「そうだ、まったく物覚えがいい。大勢の
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