ましょう。一体この青蛙に対する伝説は杭州地方ばかりでなく、広東地方でも青蛙神といって尊崇しているようです。したがって、昔から青蛙についてはいろいろの伝説が残っています。勿論、その多くは怪談ですから、ちょうど今夜の席上にはふさわしいかも知れません。その伝説のなかでも成るべく風変わりのものをちょっとお話し申しましょう。」
星崎さんはひと膝ゆすり出て、まず一座の人々の顔をしずかに見まわした。その態度がよほど場馴れているらしいので、わたしも一種の興味をそそられて、思わずその人の方に向き直った。
支那の地名や人名は皆さんにお馴染みが薄くて、却って話の興をそぐかと思いますから、なるべく固有名詞は省略して申上げることにしましょう。と、星崎さんは劈頭《へきとう》にまず断った。
時代は明《みん》の末で、天下が大いに乱れんとする時のお話だと思ってください。江南の金陵、すなわち南京の城内に張訓という武人があった。ある時、その城をあずかっている将軍が饗宴をひらいて、列席の武官と文官一同に詩や絵や文章を自筆でかいた扇子一本ずつをくれた。一同ひどく有難がって、めいめいに披《ひら》いてみる。張訓もおなじく押
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