として珍しくもないことですから、父もさのみに驚きもしませんでしたが、ただおどろいたのは、その仮面がどこをどう廻りまわって、再びこの家へ来たかということです。
 その出所をきびしく詮議されて、孝平の化けの皮もだんだんにはげて来て、実は四谷通りの夜店で買ったのだと白状に及びました。その売手はどんな人だと訊きますと、年ごろは四十六七、やがて五十近いかと思われる士族らしい男だというのです。男の児を連れていたかと訊くと、自分ひとりで筵の上に坐っていたという。その人相などをいろいろ聞きただすと、どうも上野に夜店を出していた男らしく思われるのです。いくらで買ったと訊きますと、十五銭で買ったということでした。十五銭で買った仮面を箱に入れて、大野出目の作でございなぞは、なんぼこの時代でもずいぶんひどいことをする男で、これだから師匠に破門されたのかも知れません。
 なんにしても、そんなものはすぐに突き戻してしまえばよかったのですが、その猿の仮面がほんとうに光るかどうか、父はもう一度ためしてみたいような気になったので、ともかくも二、三日あずけておいてくれと言いますと、孝平は二つ返事で承知して、その仮面を父に
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