わたして帰りました。
母はそのとき少し加減が悪くて、寝たり起きたりしていたのですが、あとでその話を聞いていやな顔をしました。
「あなた、なぜそんな物をまた引取ったのです。」
「引取ったわけじやない。まったく不思議があるかないか、試して見るだけのことだ。」と、父は平気でいました。
以前と違って、わたくしももう十七になっていましたから、ただむやみに怖い怖いばかりでもありませんでしたが、井田さんの死んだことなぞを考えると、やっぱり気味が悪くてなりませんでした。父は以前の通りその仮面を離れの四畳半にかけておいて、夜なかに様子を見にゆくことにしまして、母と二人で八畳の間に床をならべて寝ました。わたくしはもう大きくなっているので、この頃は茶の間の六畳に寝ることにしていました。
旧暦では何日にあたるか知りませんが、その晩は生《なま》あたたかく陰っていて、低い空には弱い星のひかりが二つ三つ洩れていました。おまえ達はかまわず寝てしまえと父は言いましたが、仮面の一件がどうも気になるので、床へはいっても寝付かれません。そのうちに十二時の時計が鳴るのを合図に、次の間に寝ていた父はそっと起きてゆくようです
前へ
次へ
全256ページ中87ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング